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アイヴァーザンの風

 アイヴァーザンの町にはカモメが多い。たぶん、アイヴァーザンの町で一番多い生き物だ。その次に多いのは猫で、人間の順番だ。青い海の横に白い土壁の家が立ち並び、その隙間を灰色の石畳が縫うように走っている。そんな町だ。

 アイヴァーザンの港には3つの酒場があるが、その3つとも真昼間から店を開けている。夜に漁に出る漁師も珍しくないから、そのせいだろう。

 店に行けば大抵知った顔がいる。というより、知った顔以外、店に来たのを見た事がない。いつも見る同じ顔は言う事も決まって同じ。「おい、お前も早く女を作れ。ついでにガキもだ」と。そして大笑い。
 やれやれ。好きで独身を満喫しているわけではないが、妻帯者には妬みとネタにされやすいのが、アイヴァーザンの独身漁師というものらしい。

 そんな町にふく風はいつも冷たい。「海が近いのだから仕方ないわよ」と酒場の女は言うけど、果たしてそうかな?ごくまれに暖かい風が吹くときもあるにはある。

 さあ、出航だ。

 ……続く
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テーマ : 短編小説
ジャンル : 小説・文学

アイヴァーザンの風~第2話~

 アイザーヴァンの海で漁をする時は、まずカモメの群れを探す。カモメも同業で、やはり魚を食べて生きているのだから、彼らのいるところに船を向ければ魚は確実に取れる。
 ソナーや色々な機械を使えば、もっと効率よく漁ができ、たくさんの魚が取れると言うものがいるが、必要以上に魚を取らない。それがアイヴァーザンの漁師だ。と、言いたい所だが、やはり今回もこうなってしまうか……

 アイザーヴァンでは網を投げ魚群を丸ごと引きずり上げる漁をしている。この方法はたくさんの魚が取れるいい方法だとは思うが、売り物にならない小さな魚もひきあげてしまう。
 そういう魚は海へ捨てるのだ。返すのではなく捨てる……猟師たちは売り物の魚の選別を先にするから、それまで放ったらかしな小さな魚はどうしても死んでしまう。

 そして、今日も売り物にならない小さな魚は死体となって海へ捨てられていく。周りからは変人呼ばわりされるが、どうしてもこの作業をするときは心が痛む。
 人間で言えば年端もいかない子供達を大量に殺した挙句、その死体を海に捨てているのだ。アイザーヴァンの猟師は……あるいは悪魔かもしれない。

 そう、思ったとき……ふいに歌声が聞こえた。

……続く

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アイヴァーザンの風~第3話~

 歌声は船からさほど離れていない岩場から聞こえてきた。声の主はすぐに分かった。無骨な黒い双眼鏡など必要ない。その美しい姿は肉眼でも十分に分かった。そう、歌っているのは少女だった。
 まるで、神話かおとぎ話から抜け出してきたような、美しい少女がその裸体を、恥じらう素振りすら見せず、美しさとは無縁なほどに無骨な岩に預けている。
 だが、その光景に喜ぶものはいなかった。むしろ、恐怖に青ざめる者さえいる。なぜなら、その少女の下半身が魚だったから。

 アイヴァーザンの海には伝説がある。昔、この海で二つの国が戦争をした。たくさんの戦艦に大勢の人間が乗り込み、殺しあった。そして、この海は赤く、黒く、染まった……
 海を汚された神は怒り、悲しみ、愚かな人間たちに裁きを下すために、一人の少女を使いにだした。それがアイヴァーザンの人魚だ。
 人魚はその美しい歌声と妖艶な姿で船乗りを惑わし、多くの人間を海に引きずり込んで……殺した。やがて、恐怖した二つの国は争う事やめ、海に平和が戻った。
 戦争を止めてくれた神の使者として人魚を崇拝する者もいるが、そんなもの船乗りにとっては恐怖以外のなにものでもない。

 その恐怖が目の前にいる。用件は……売り物にならない魚の事だろう。このままじゃ、みんな揃ってお陀仏か。この船には妻帯者だっているのに……仕方ない。

「お前たちは港に帰れ」

 そう言って飛び込んだ海は凍えるほどに痛かった。それでも、体を切り裂くアイヴァーザンの風よりまだマシに思える。遠ざかる船から「お前はどうする」と声が飛んできた。さて、どうしようかな。
 実の所、仲間を逃がす事だけで他は何も考えていなかった。とりあえず、人魚が船を追っていかなくてよかった。
 それにしても……本当に綺麗な少女だ。もう少し自分も若ければと、つい考えてしまいそうになる。ん?ああ……そうだな。どうせ死ぬなら……

 この人魚を口説いてみるか


……続く

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アイヴァーザンの風~第4話~

 船から飛び込み、凍える海をかきわけ、岩場まで行くと人魚は怯えもせず、驚きもせず、ただじっとこちらを見つめていた。その姿は凛としていて、神の使いと称されるだけのことはある、とつい思ってしまう。
 岩場に手をかけ、ベンチに腰かける恋人同士のように、彼女の横の席に行こうと思ったのだが、予想以上に岩肌は滑りやすく、思うように上がれない。と、その時だった。

「手を……」

 フルートの音色のように美しい音色が、華奢な手を伸ばしていた。握れば簡単に壊れてしまいそうで……いや、正直言うと、その工芸品のように美しい体に魅せられて、動けなかった。

「手を伸ばして」

 少女の二度目の催促でやっと我に返り、そっと小さな手を握った。瞬間。地球の重力から自分の体が引きちぎられたような錯覚を覚え、気がつけば少女の横に座っていた。
 驚いた。この少女は倍ほどはある俺の体を、いともたやすく岩場の上に引きずり上げたのだ。かわいいだけじゃなく怪力でもあったとは、さすがは伝説の人魚さまだ。恐れ入ったよ。

「なぜ、逃げなかったの?」

 唐突に奏でられた、その質問の意味が分からなかった。

「わたしは人魚。神の使いで人に裁きを下すもの」
「ああ……その程度のことは知っているけど?」
「なら、どうしてみんなと一緒に逃げなかったの?」
「そのみんなを逃がす事で頭がいっぱいで……他には何も考えてなかったんだ」
「死にたいの?」

 あまりに……あまりに突然に、容赦なく、躊躇もなく、残酷なまでに美しい声で言われた、その冷淡な質問に……あるいは、凍える海とアイヴァーザンの風に……

 体が凍りついた。

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アイヴァーザンの風~第5話~

 目の前にいるのは確かに少女だ。しかし、それは同時に戦争を止めた伝説の英雄であり、人を殺したこの海の怪物でもある。その怪物が聞いてきた。

「死にたいの?」

 それはアイヴァーザンの風よりも冷たい声だった。
 こっちだって死にたくはない。だが、誰かがこうでもしなきゃ神様の怒りは収まらないだろう。いや、俺一人の命で収まるとは思えないが、他の奴らを見逃してくれると言うのなら……

「ああ……この命、神に差し出しても構わない」
「…………」

 「ならば、望みどおりに……」「では、あなたの命を神に……」頭の中では次に少女がなんて言うのか、そんな絶望的な予想ゲームが始まっていた。だが、別に構わない。こちらの覚悟はできている。なんと言われようと、もう絶対に驚かない。

「見逃してあげるわ。行きなさい」

 …………前言を撤回したい。やはり、驚かされてしまった。
 しかし、なぜ、この少女は見逃してくれるというのだ?何か負い目を感じるような事があるのか?昔、痴漢に襲われていたところ俺に助けられた……?いや、そんなはずはない。俺の記憶が正しければ、下半身が魚の女の子とは初対面のはずだ。

「お願い……早く行って……」

 少女は焦るように、あるいは苦しむように、この場から立ち去るよう懇願してきた。その、立ちこめる暗雲のような切なげな表情から、なぜこの少女が「逃げろ」などと、自分の目的とは真逆の言葉を口にしたのか理解した。
 この子は優しいのだ。いくら、神の使者とはいえ、人を憎んでいるとはいえ、人を殺せるほど残酷な子ではないのだ。

「参考までに教えて欲しいんだけど、俺が逃げたら君はどうなる?」
「…………」

 その沈黙が全ての回答だった。神よ。俺たちの行為に怒りを感じるのは分かるが、この人選ミスには俺も怒りを感じるよ。だから、俺はあえて逃げない。だが、あんたに命を捧げるわけじゃない。

「なあ、人魚さんよ……聞かせてくれないか?」

 俺はただ、この子の歌を聞くだけだ。そう……

「死ぬほどきれいな君の歌声を」


……続く

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問道 火偉

Author:問道 火偉
年齢:死後3年と少し。
職業:オバケには学校も仕事もない。
趣味:その辺の人に憑依して小説を書く。これが本当のゴーストライター。

一言:この世には目には見えない闇の住人たちがいる。奴らは時として牙をむき、君たちを襲ってくる。私はそんな奴らから君たちを守るために、地獄のそこからやってきた正義の死者…………などではない。
 単なるアホです。お気軽にコメントして下さい。相互リンクも絶賛受付中。

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