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鬼神伝

第32話 「再会」

 夜叉王丸との再会は、悪五郎の所に預けて以来、実に3年ぶりである。だが、その姿は大分変わっていた。
 妖怪の成長は人間と違って不規則なものである。何百年間も子供の姿をした者から、数年でいっぺんに老人のような姿になる者までいる。夜叉王丸も例外ではなかった。
 3年前までは病弱ではないのかと思うほど、弱弱しい幼い子供のような容姿をしていたのに、今ではすっかり筋骨隆々とした、たくましい大人の男になっている。
 その、端整な顔立ちの中に、かつてのオオナムヂの姿が見え隠れし、それが外道丸にとってなにより嬉しかった。

「久しいな……夜叉王丸」
「はい、母上」
「こんな俺をまだ母と呼ぶか……」

 外道丸の目に薄っすらと涙が浮かびそうになった。その時、視界を羅刹丸の不機嫌そうな顔が覆った。感動は一瞬にして凍りつき、嫌な予感がした。
 羅刹丸はゆっくりと顔の向きをかえ、夜叉王丸を見つめた。とてつもなく興味津々な顔で。

「え?何?自分、おかしらの子供?」
「そうだ。名は夜叉王丸という。そういう、あんたは何者だ?」
「ん?ウチか?ウチは君のお母さんに当たる人物や」

 うわぁ……人の息子に何て事言ってくれてんだよこのバカは……
 思いながらも外道丸はそれを口に出せなかった。恋仲である羅刹丸に夜叉王丸の事や昔の事を黙っていたという罪悪感が体を縛り付けた。
 一方、羅刹丸はもうやりたい放題だ。実の母親の目の前で夜叉王丸に母親宣言したかと思うと、いきなり抱きついて我が子のように頭を撫で繰り回した。

「遠慮せんとマミーって呼んでええからな?」
「呼ぶか!!何で実の母親が目の前にいんのに、他の女を母呼ばわりしなきゃいけないんだよ!!」

 ごもっとも。

「ていうか、あんた本当に何なんだよ!!」
「ウチは羅刹丸。百鬼衆の副頭領で、おかしらの恋人や」
「は……?恋人?あんた何言ってんだ?母上は女だぞ?」
「ウチも女の子やで?」
「え……?え?ていうか……うええぇぇ!?」

 ゴメンね……
 外道丸は初めて母親として夜叉王丸に謝った。心の中ではあるが。

「そうですか……分かりました。恋人が出来て良かったですね、母上」
「う、うん……」
「亡き父上も草葉の影でさぞ喜んでいることでしょう」
「ぐ……!!」

 こいつこんな皮肉を言うようになったのか?外道丸はそう思うと、夜叉王丸の事が急にかわいくなくなってきた。それどころか殴り飛ばしてやりたい衝動に駆られた。
 しかし、悪いのは自分なのだから、とさすがにそれは堪えた。そして、気持ちを切り替え本題に入る事にした。

「夜叉王丸よ。久しぶりの再会でお前と一杯やりたい気分だが、俺は大事な用があってきた」
「存じております」夜叉王丸も真剣な顔で答えた。「禁忌の呪いを解くためですね?」
「そうだ。晴明によるとこれをどうにか出来るのはお前だというのだ」
「いえ、母上。それは違います」
「違う?」

 外道丸は首を傾げた。
 晴明は自分では何とか出来ないが、どうにかできる奴を紹介すると言った。そしてそいつが来るまでここで待てと。そして、現れたのが夜叉王丸だった。だから、てっきりこいつがどうにかするものだとばかり思ったのだが……
 外道丸が混乱していると、夜叉王丸は説明を始めた。

「禁忌の技法・人打ちで打たれた刀は、通常の夜叉族の技法で打たれた刀と違って、刀匠の魂の欠片が打ち込まれず、形を得た姿なき邪悪な猛獣のような、そんな不完全な妖怪になるのです。ゆえに生贄に捧げられた者の妖力や精神力、命、と順々に喰らっていき、最終的に魂を得て完全な妖怪になり、今度は使い手の魂や命をも喰らい尽くそうとするのです」
「そんな事は言われなくても分かってるよ……痛いほどな」
「では、その刀が使い手を選ぶ事はご存知ですか?」
「何?それはどういう意味だ?」
「使い手……というより餌ですね。お婆さまの魂を完全に喰らい尽くしたそれは、今度は母上の魂を喰らおうとしている。それは母上がその刀を手にしているからではなく、その刀が強い妖怪を好んで食べようとしているからに他なりません」
「つまり、俺が助かろうと思ったら俺より強い妖怪を探さなきゃいけないって事か……」
「はい」

 外道丸は落胆した。
 絶望的だ。自分より強い妖怪などこの国にはまずいない。助かる見込みは消えたか……まあいいさ。元よりこの命は刀にくれてやろうと思っていたのだから……ん?
 そこまで考えて外道丸はある事に気がついた。

「おい、晴明よ。お前、これを何とかできる奴を紹介すると言ったが、それはつまり俺より強い妖怪をここへ連れてくるってことか?」
「はい。それが夜叉王丸さんの剣の師匠で…………あれ?何て名前だっけ?ポチ……ハチ……いや……」
「ポチだのハチだの犬じゃあるまいし、そんな名前じゃないだろう」
「いえ、本当にそんな名前なんですよ。というか、あれはれっきとした犬ですよね、夜叉王丸さん?」

 夜叉王丸の顔に全員の注目が集まった。困ったように唸って、苦笑いをしながらボソリとつぶやく。

「いや……あれは確かに犬っぽいけど……犬じゃないし……」
「犬じゃない!!」

 声は天井から聞こえた。全員が上を見上げるより早く、黒いそれは落ちてきて、空中で一回転すると卓の上に二本足で着地した。黒い犬である。

「だから違う!!オイラは犬じゃなくて狐!!名前もポチとかハチとかそんなんじゃないやい!!クロだい!!」

 いや、その名前も十分犬っぽい気がするが、これ以上突っ込んだらこのかわいい生き物のアイデンティティを傷つけてしまう気がして、外道丸は口をつぐんだ。そして、ハッとなった。

「おい、夜叉王丸!!お前こんなのに剣術を習ってるのか!?」
「いや、こんなのでも腕はかなり強いですよ」
「ふぅん……しかし、いくらなん……!?」

 それは突然、外道丸の身に起こった。
 気絶するように、体の自由が奪われ指の一本すら己の意志では動かなくなった。だが、意識ははっきりしている。そして己の意志では動かないが、微動だにしない、というわけではなく、むしろその逆。
 自分でも信じられないような早さで神切丸を抜いていた。だが、あの黒い炎は出てこない。自分を喰らおうとしていない。なぜならそれよりも上質の餌を見つけてしまったから。

 罪もない妖怪が殺される。

 よりにもよって自分の手で。

 想像するより早く外道丸は叫んだ。

「おい、クロと言ったな!!逃げろ!!俺はお前を殺そうとしてる!!」
「へえ……そいつは面白いねぇ……」

 だが、クロは逃げるどころか、

「やれるもんなら、やってみな……お嬢ちゃん」

 最高の遊び相手を見つけた子供のように、嬉しそうな笑顔を浮かべて、二本の短刀を構えた。

テーマ : 自作連載小説
ジャンル : 小説・文学

鬼神伝

第31話 「種明かし」

 禁忌の刀の呪いを何とかできるかもしれない人物が来るまでこちらで待って欲しい、と言われ、外道丸は言われるがまま客間に通された。
 10畳ほどの和室の真ん中に大きな卓が置かれ、外道丸は晴明とそれを挟んで向かい合う形で腰を下ろした。そして、改めてこの安部晴明という男を監察した。
 女と間違えそうほど中性的な美貌を持つ青年だが、狐のような細い目だけ悪五郎に似ておかしかった。身にまとった白い装束もパリッとして、清潔な印象がする。悪い奴ではなさそうだが……
 この家に入ってから妙な感覚がする。懐かしいような、あるいは心地いいような気を、晴明から……というより、晴明の家から感じた。
 それにしても、豪華な造りの割には妙に物が少ない。見習いとはいえ、国家公務員に当たる仕事をしているならそれなりに儲かっているはずだし、妖怪からも金をもらってるなら……待てよ……ひょっとして……
 外道丸が一つの結論に達した時、羅刹丸だけが部屋の入り口で何かを警戒するように、腰の刀に手を当てながらたったままでいるのが目に入った。

「おい、羅刹丸。おめえ、何してんだ?」
「おかしら……おかしいで、この家。なんや、妖怪のにおいがプンプンしよる」
「ああ、それは……」

 外道丸が妖気の正体を教えてやろうすると、晴明が口を挟んできた。

「ああ、それは私ですよ、羅刹丸さん」
「へ……」
「私は半分妖怪なんです」
「そうなんか!?全然わからへんかったわ……」
「まあ、ばれないように妖気やらを隠してますからね。ほら、私の職業柄、周りに勘のするどい人いっぱいいるから」
「なるほどな……」

 確かに。周りが陰陽師ばかりの職場で、妖怪であることを隠してしるのは大変だろう。それをやってのけるのだから並の妖怪が、こいつの正体に気づけないのは分かる。だが、羅刹丸ほどの妖怪にも気づかせないとは……

「外道丸さんは……」晴明はゆっくりと、妖しいほどにやわらかな口調で話した。「気づいていたみたいですね」
「…………いや、少し違う」
「と、いいますと?」
「気づいたというより、予想しただけだ。お前が妖怪相手でも相談にのる事や、年齢にあわないその若さ、そしてこの家の妖気や物の少なさから、たぶんお前も妖怪だから、困ってる妖怪をほうっておけず、無償で助けてやってるんじゃないかと。まあ、お前がこの家で別の妖怪を養っているのかもしれない……とも思ったがな」
「ふふ……すごいですね。見習いとはいえ、陰陽師である私に占いをするとは……」
「は?今のどこが占いだよ」
「れっきとした占いですよ。今のも……ああ、そうだ。どうして、あなたさまが来る事が分かったのか、まだ教えていませんでしたね?」
「お前、何言ってんの?それこそ占いで分かったんだろ?」
「まあ、そうなんですが……少しずるをしました」
「ずる?」
「ええ。これです。見ててください」

 晴明が懐から取り出した人の形をした紙切れにふっと息を吹きかけると、それは人間大の大きさになり、やがて外道丸達に見覚えのある形になった。そう、外道丸達に晴明の事を提案した鬼である。
 外道丸は呆れる反面、感心もした。

「なるほど……」
「事前に得た情報から分かっている事を、占いというパフォーマンスで分かったように見せたり、こうやってちょっとしたずるをして無理矢理占いが当たるように仕向け、朝廷の方々や貴族の人たちを安心させてあげる。それが陰陽師の仕事なんです」
「口で言うのは簡単だが、実際にやるのは大変だろ?」
「ええ、お偉方はどんな相談をしてくるか分かりませんから、私たちはありとあらゆる知識がいる。政治、経済、気象、医療、風水、稀に恋愛相談までしてくる人もいますからね……正直、人間の書物を全て読み尽くした所で足りないでしょう。だから、私は妖怪たちの治療や相談なんかにも乗るんです」
「ああ……なるほど。妖怪から人間では知り得ない情報をもらうわけか」
「ええ。その他にも大物の豪族や貴族の屋敷に潜り込んで、その人のたくらみなんかを探ってもらったりしてます」
「くくく……」

 この男は本当に自分よりやりてなんじゃないか。外道丸はそう思うと不思議と笑いがこみ上げてきた。

「だが、晴明よ。どうして俺が禁忌の事で悩んでいる事や、誰にも教えていない本名まで分かったんだ?」
「ああ……それについては、もうすぐお茶を持って参りますので少しお待ち下さい」
「あ?」

 言っている意味が分からなかった。お茶を飲めば全て分かるとでも言うのだろうか。
 そんな事を考えていると、いつの間にか隣に座っていた羅刹丸がくいと袖をひっぱった。妙に嬉しそうな顔で。

「なあなあ、おかしらは昔お姫さまやったの?」
「はあ?なんでそうなるんだよ。あ……」

 どうやら、晴明がスゼリビメと呼ぶのを見て勘違いをしたらしい。

「いや、羅刹丸よ。それは違うぞ……」
「おかしらもかわいい着物とかきとったんやろうか……ええなぁ……」
「おおぃ、にやけるな。そしてその変な妄想をやめてくれ……」
「ねぇ、ヒメちゃんって呼んでええ?」
「……!!」

 思わず顔がこわばった。それを堪えることが出来なかった。

「そ、それだけはやめてくれ……頼む」
「う、うん、分かったから……そんな怖い顔せんといてよ」
「すまねえ……」

 気持ちを切り替えて、あの男のことは忘れて、晴明の“占い”について考えをめぐらせた。
 どうして、自分の名前や禁忌の事をこいつが知っているのか……ま、まさか……
 外道丸の中でかなり現実的で嫌な結論が出た。

「おーい、晴明。言われた通り、茶持って……あああぁぁぁ!!」

 そしてそれはふすまを開いてお茶を持ってきた男を見て、当たっていた事を確信した。

「なるほど……お前はこいつに俺の名前や禁忌の事を聞いたわけか……」
「ええ、まあそういう事です。あ、もっとも禁忌の事は悪五郎さんに聞きました」
「ははは……なるほどね……」

 全ての疑問に答えが出た。この家に入ってから感じていた妙に懐かしいような妖気は、晴明のものではなく、この男からだった。そう、お茶を持ってきたのは……

「母上!?」

 外道丸の息子・夜叉王丸だった。

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ジャンル : 小説・文学

鬼神伝

第30話 「陰陽師見習い」

 静まり返った会議室で、ただ1人手を上げる鬼がいた。皆の視線が一斉につきささり、その鬼は恐る恐る話しだした。

「あの~……さらうんじゃなくて、こちらから相談に行くというのはどうでしょう?」
「おめえ……アホか?貴族出身のご多忙な陰陽師さまがだよ?妖怪の俺の為に時間を裂いてくれると思うか?」
「へえ……確かに正式な陰陽師じゃ門前払いされるのが確実ですが……陰陽師見習いなら相手になるかと……」
「陰陽師……見習い?」
「へい。なんでも貴族たちの絶大な信頼を得ている天文得業生がいるんですが……」
「天文得業生(今で言うところの大学院生)か……まあいい。続けろ」
「へい。これが天文道だけじゃなく、占いや呪術にも詳しく、その才能は陰陽師達を遥かにしのぐってもっぱらの噂なんですが……」
「なるほどねぇ……そりゃ貴族の皆さんも頼りにするわけだ」
「あの、おかしら……まだ続きがあるんですが……」
「ああ、悪い悪い」
「そいつは貴族や人間たちだけじゃなく、言えば妖怪たちの悩みも聞いてくれるらしいんですよ」
「……!!そいつは本当か?」
「俺の知り合いが世話になったんで間違いありません」
「…………」

 なるほど。おおかた、才はあるが、出世に遅れた陰陽師の見習いが妖怪相手に小遣い稼ぎでもしている、といったところだろう。

「面白そうだな。よし、今からそいつに会いに行ってみよう」
「え!?今からですか!?」
「ああ、そうだ。そいつが占いのプロなら、当然俺が今から行く事ぐらいわかってんだろ?ていうか、こっちがわざわざ出向いてやるのに、気を使って知らせる必要がどこにある?」
「そ、それは……」
「で、そいつはどこにいるんだ?」
「摂津の阿倍野(現・大阪市阿倍野区)です」

 それを聞いた羅刹丸ががっしりと腕を掴んできた。
 なんだ?と思って外道丸が羅刹丸の顔を見ると、その目が尋常じゃないほどキラキラと輝いている。かわいい……

「な、なんだ、羅刹丸……?」
「摂津はウチの地元や!!任しとき!!」
「…………分かった。じゃあ案内してもらうよ」
「よっしゃ!!」

 飛び跳ねて喜んだ。二人で出かけるのがよっぽど嬉しいらしい。
 しかし、これ……断ったら泣き喚いて暴れだしたんだろうな。周りの鬼達が胸をなでおろすのを見て、間違いないな……、と外道丸は確信した。
 ともあれ、外道丸はさっそく出かける事にした。


 羅刹丸の案内でその陰陽師見習いの家にはすぐについた。寝殿造りの豪華な家の門には若い男が立っていた。
 年格好からして恐らく下働きの男なんだろうが……その陰陽師見習いとやらは、まさか、本当に今日来る事が分かっていたのか……?
 驚きながらも外道丸はその若い男に声をかけた。

「おい、そこのお前……」

 すると若い男は外道丸をさらに驚かせる返事をした。

「お待ちしておりました……スゼリビメ様
「な……」

 久しく聞いていなかった本名で呼ばれ、外道丸は固まった。
 この男は一体どこでその名前を知ったというのだ……まさかこの男の主は、自分が今日来る事だけでなくそんな事までも占っていたというのか……
 外道丸が考えあぐねていると男は勝手に話しをすすめた。

「しかし……ご足労願ったところ、申し訳ないのですが、私ではスゼリビメ様のお力にはなれそうにありません」
「は……?」
「ですが、お力になれそうな方をご紹介できるやもしれませんので、その方をお越しくださるまでこちらで……」
「おい、ちょっと待て!俺はお前なんかに用はないんだ。用があるのはお前の主だ。てめえはすっこんでとっとと主人呼んで来い。あとスゼリビメという名で呼ぶな。俺は外道丸だ」
「はい?あの……あなたさまを外道丸とお呼びする事は構いませんが、この家の主を呼んでくるというのはちょっと……」
「なんだ、留守なのか?だが、留守でもお前が勝手に話しすすめてんじゃ……」
「いえ、呼んでくる留守も何も……この家の主は私です」
「え……」

 外道丸はまたしても固まった。隣にいた羅刹丸もこの男が何を言っているのか分からなかった。
 話しに聞いた陰陽師見習いは確か40ぐらいのオッサンだ。だが、目の前にいるのはどう見ても20代前半の若い男だ。
 外道丸は念のためその男にたずねた。

「お前が本当にこの家の主なのか?」
「はい、私が安部晴明(あべのせいめい)でございます」

 後に偉大な陰陽師になる安部晴明だが、この時はまだ天文得業生であった。しかし、その力はすでに貴族から絶大な信頼を得るほど強かったという。

「晴明よ。お前は俺が今日来る事や、誰も知らないはずの俺の本名まで占いで分かったというのか?」
「はい、外道丸さまがお腰に付けた赤い鞘の禁忌の刀による呪いで、そのお命が削られている事も、それをどうにかするために、ここへ来る事も……全て占いで分かりました」
「ほぅ……占いってすげえな……」

 外道丸は思った。この男は本物だ。本当にすごい。貴族達が正式な陰陽師でもないこいつに頼るのも頷ける。晴明ならばこの刀の呪い……なんとかなるかもしれない。

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ジャンル : 小説・文学

鬼神伝

第 29話 「陰陽師」

 羅刹丸に自分の秘密を明かした次の日の朝、外道丸は早速後悔する事になった。

「え~ほんなら、会議を始めたいと思います。テーマはおかしらの呪いをどうやって解くか!!」
「…………はぁ」
 
 外道丸は思わずため息を吐いて、天を仰ぎたくなった。
 確かに黙ってろとは言ってない。口止めはしていない。だが、まさか大広間に皆を集めてカミングアウトされた上に、こんな会議を始められるとは……
 チラリと皆の顔に目にやった。皆、真剣にどうすればいいか考えているようだ。ありがたい……だが、ありがたいも度が過ぎれば迷惑になる。
 そんな大事な事をどうして黙っていた!と、散々怒られた上、目の前のお椀に山中から集めた薬草の類がてんこ盛りにされている。肉は当分食べさせてもらえないかもしれない。そっちの方が禁忌の代償よりつらい……

「あの……皆、呪いの事は一旦置いといて、食生活の面で異議があるんだけど、いいかな……?」
「ダメです。おかしらの異議は認められません」
「…………はぁい」

 おかしらのはずなのに……そう、思っても口には出さなかった。黙っていた自分も悪いし、心配してくれるこいつらの事も素直に嬉しい。こうなりゃもう、こいつらに任せるか。

 最初に意見したのは羅刹丸だった。

「やっぱこういうのは陰陽師の専門やし、京から2、3人さらってきたらええんちゃうか?」
「うぅ~ん……」

 外道丸は唸った。陰陽師をさらうのはさすがにまずいかもしれないと思ったからである。だがそれは、陰陽師が妖怪の天敵であるからというわけではない。敵対関係ですらない。というか、妖怪と陰陽師は基本的にほとんど無関係である。

 陰陽師は妖怪退治屋のイメージが強いが、それは彼らの仕事ではない。妖怪を退治するのは武士の仕事であって、陰陽師が関わる事はほとんどと言っていいほどない。もし、関わったとしても、少しばかりの知恵を貸すぐらいである。
 陰陽師達の本来の職務は、政治家の相談に占いで答えたり、地相など観測し方位の吉凶をうらなったり、天体を観測し天変地異を占ったり(冷夏や嵐など天災を予報する事)、暦の管理(この時代は太陽暦ではなく太陰暦を採用していたため、うるう年のようにうるう月を作り暦の誤差修正が必要だった)、時刻の管理及び時計台の警備、人材の育成などである。
 これに加えて9世紀に廃止された呪禁博士(じゅごんはくせ)の代わりに、呪術的なもの(この時代では呪術は呪いをかけるというより、それをとく医療的な意味合いが強い)を担当するようになったのだ。
 陰陽師達が所属する陰陽寮という組織は、公的機関でありながら、気象台、大学、病院などさまざまな顔を持ち、陰陽師は実に多忙な職業で、妖怪退治をやっているほど暇な陰陽師はいないと言っても過言ではない。
 何より上の命令がなければ動かず、動いたとしてもそれは貴族や公家や朝廷、つまりは政府のためである。比較的、民間人に近い武士のために、わざわざ妖怪と対立したりする者はいない。
 しかし、それは政府公認の国家公務員たる陰陽師のことであって、蘆屋道満など陰陽寮に所属していない民間の陰陽師たちは、民間人のために動く。だが、それは町医者のようなもので、命がけで妖怪退治をする者はいないだろう。

 外道丸が恐れていたのは陰陽師というより、その背後。つまり政府だ。
 民間の陰陽師になんとかできる問題なら自力でどうにかしてる。そのぐらい、こいつらだって分かっているはずだ。つまり、こいつらは民間陰陽師ではなく政府公認の陰陽師をかっさらおうって言っているわけだが……それはまずい。
 政府公認の陰陽師達は、それなりに呪術に関して知識も能力も持ち合わせているだろうが、その多くが貴族たちである。つまり、陰陽師をさらうという事は貴族をさらうことで、それは政府へ喧嘩を売るも同じ。そうなれば人間に戦争を起こさせる口実を与える事になる。それは絶対に避けねばならない。
 妖怪の中には自分たちのように戦えるものばかりではない。むしろ、鱗舐のように戦えない者の方が多い。そんな者達を戦いに巻き込むわけにはいかない。

「皆、陰陽師をさらうという案は却下だ。あいつらは役人。それも貴族の出がほとんどだ。そんな人間をさらったとなれば、政府は本気で俺たちを殺しにくる」
「そんなもん、おかしらのためなら返り討ちにしてやります!!百人や二百人どうってこと……」
「いや、そうなれば千単位の兵が動くだろう……下手すりゃ万単位かな……」
「万……ですか?」
「ああ、人間ってのはそういう生き物だ。個々では弱いが、群集になれば急に強くなる、厄介な連中だよ……それでも、やるかい?」
「…………」

 返答は沈黙。静まり返ったその意味は否である。
 万策尽きたような静かな会議室で恐る恐る手を上げる鬼がいた。

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鬼神伝

第28話 「禁忌の代償」

 羅刹丸は仲間たちにひとしきり頭を下げて広間を出ると、外道丸の寝室に向かった。
 うぐいすばりの廊下を足音一つたてず、風のような速さでかけぬけ、大きな鉄製の扉の前にたどり着いた。だが、その扉を開けるのは重かった。

 それはもちろん、扉が重い、という意味ではない。羅刹丸は外道丸ほどではないが、怪力の持ち主である。この程度の扉なら片手でも開けることが出来ただろう。

 気が重かった。自分のふざけた冗談のせいで宴をぶち壊しにしてしまった。その上、大好きなかしらに恥までかかせて、どの面を下げて会えばいいのか……
 そんな心中を見透かしたように扉の向こうから声が聞こえた。

「そんな所に突っ立ってないで、とっと入れ。……別に怒ってねえから」
「おかしら……」

 胸に引っかかっていたものが取れた気分になった。心なしか鉄の扉もいつもより軽く感じた。
 中に入ると窓のへりに腰かけ月を眺める外道丸の姿があった。その横顔は先ほどまで鬼の形相をしていた者と同一人物とは思えないほど静かだった。

「刀……」
「へ……あ、ああ、すんまへん」

 羅刹丸は赤い鞘の刀を外道丸に手渡した。

 外道丸は刀を受け取るとそれを宝物のように撫でて、羅刹丸の方に体を向けた。

「なあ、羅刹丸よ……おめえ、本当に人間の血を飲んでなんかいねえよな?」
「え……そんなんしてへんけど……あ、でもガキの頃、オトンに床屋の仕事手伝わされて、お客さんの顔剃るのしくって切ってもて、血がダラー出てきて、うわどないしよ、てテンパって、手でぬぐって、それ舐めて……まあ、人間の血飲んだ言うたらそんぐらいですわ。おかげで家追い出されてしもて……しゃあないから、ぷらぷらしながら盗賊やって、ほんで、おかしらに会って……」
「ああ、分かった分かった。もういい」
「へぇ……よろしいでっか?」
「ああ、そのぐらいなら大丈夫だ」

 外道丸は、いつの間にか正座までしている羅刹丸の頭をぐしゃぐしゃと撫でまわした。気持ち良さそうにほころぶその顔が、どうしようもなく愛おしいと思った。

「羅刹丸……俺たちが妖怪と呼ばれ、鬼と恐れられようと、その根底にあるのは人間だ。俺たちは元々人間だった生き物なんだ。そんな俺たちが人間の血肉をむさぼる事は絶対にしちゃいけないんだ。それは共食いと同じ……」
「禁忌……」
「そうだ」
「なんで、そこまで禁忌を恐れてるんですか?」
「禁忌を破った者はそれ相応の代償を支払う事になる」
「代償……?」

 外道丸は静かに頷き、赤い鞘の刀を突き出した。

「おめえ……なんで俺がこれを一度も使わないか分かるか?」
「え……まさか!?」
「そう、これも禁忌だ。俺も禁忌を破っちまったバカ野郎の1人なんだ」
「ほな、おかしらは……その代償っての……」
「ああ、見せてやる……それがどんなものなか……」

 外道丸はゆっくりと刀を抜いた。その次の瞬間、闇よりも暗い漆黒の炎が刀から溢れ出し、外道丸の体を包みこんだ。

「ぐ……!!」
「おかしら!!」

 炎は外道丸の体を焼き尽くすのではなく、その妖力に喰らいついていった。まるで、化物が生命をむさぼるように……
 たまらず、外道丸は刀を鞘に収めた。だが、それでも体中に走る激痛は抑えきれず、咳き込み、血を吐いた。口から流れる血もぬぐわず、そのままの顔で羅刹丸を睨む。

「この炎は直接俺の命を喰らってやがる……この刀を普通に使えば俺は5分と持たずにくたばるだろう……不老不死の妖怪変化にまでなった俺がだぜ?分かるか……?」
「そ、そんな事よりおかしらの体は大丈夫なんですか?」
「心配ねえ……と、言いたい所だが、そうでもねえ……鞘に収めていてもまだ俺の妖力を少しずつ喰ってやがる……よほど、気に入られちまったのかね……くそ、母上の魂があった頃はこんなんじゃなかったんだが……」
「母上……?」
「ああ、俺は自分の母親を殺してその肉体と魂を刀に封じたんだ……」
「な……!?」
「自分の親しいもの・愛する者を贄に捧げ、刀を打つ……そうする事で出来た刀は、使い手の力を最大限に引き出すだけでなく、それに加えて特殊な能力まで使えるようにしてくれる……それが、夜叉族に伝わる禁忌の技法「人打ち」だ……」
「う、うそやろ……」
「ウソなもんかよ……その証拠に俺は代償を支払わされているじゃねえか。あの黒い炎はただの邪気じゃねえ……言わば、刀に宿った邪神の魂よ……」
「それをおかあはんが抑えてくれはったけど……」
「…………母上の気が消えた。俺もそう長くはないだろう……」
「そんな……」

 外道丸は泣き出しそうな羅刹丸の頭をそっと撫でた。

「禁忌を破った者がどうなるか……お前にはこんな風になって欲しくないんだ……」
「おかしら……うぅ……」
「母を殺したこんな外道の俺に涙をながしてくれるのか……ありがてえ……よしよし……」

 羅刹丸の少女のような体をそっと抱き締め、二人でそのまま夜を明かした。

テーマ : 自作連載小説
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プロフィール

問道 火偉

Author:問道 火偉
年齢:死後3年と少し。
職業:オバケには学校も仕事もない。
趣味:その辺の人に憑依して小説を書く。これが本当のゴーストライター。

一言:この世には目には見えない闇の住人たちがいる。奴らは時として牙をむき、君たちを襲ってくる。私はそんな奴らから君たちを守るために、地獄のそこからやってきた正義の死者…………などではない。
 単なるアホです。お気軽にコメントして下さい。相互リンクも絶賛受付中。

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